コラム「アメリカ史の窓」

第26回 『独立宣言』と『国富論』

 1776年は『独立宣言』が発表された年として歴史に刻まれている。しかし、このまさに同じ年に『独立宣言』に隠れがちであるが世界に影響を与えたもう1つの文書がある。アダム・スミスの『国富論』である。『国富論』は近代経済学の基礎であり、資本主義という概念が明確に登場する大きな契機となった。
 『独立宣言』はアメリカ史の中で大きな意義を持っているが、『国富論』も後に高度な資本主義社会となるアメリカに間接的影響を及ぼした点で見逃すことはできない。特に重要な点は、スミスが輸入を抑制する一方で輸出を奨励し、さらに植民地貿易を独占することで正貨を海外から集めて資本蓄積を図ろうとする重商主義政策が自由貿易政策へと転換することが歴史的必然だと説いている点である。
 植民地を維持するために宗主国は巨額の軍事費を背負わなければならなくなり、その結果、資本蓄積という本来の重商主義政策の目的が実現できなくなる。その結果、宗主国は植民地を手放して自由貿易に移行しなければならなくなるという。
 こうしたスミスの論は、まさに独立戦争で起きたことである。七年戦争(北米ではフレンチ・アンド・インディアン戦争)で巨額の負債を抱えたイギリスは、本国植民地間の貿易でもたらされる利潤だけでは帝国制度を維持できなくなり、アメリカに課税を余儀なくされた。その結果、独立戦争が起きて植民地を手放さざるを得なくなった。
 『独立宣言』は政治的にアメリカの独立の正当性を主張したが、『国富論』は経済的にアメリカの独立の正当性を保証したと言える。『独立宣言』と『国富論』の発表は偶然、重なっただけだが、アメリカが今後、たどる歴史を考えれば非常に興味深い歴史の偶然である。