【書評紹介】

「週刊読書人」2023年9月15日付 第3506号掲載

 

「おもしろい」「分からない」から

「うた」の時空を跳梁する

宗近真一郎

 

『閑吟集』は室町時代後期、足利義稙将軍の時代、1518(永正15)年に成立した。歌謡(小歌)を311集め春夏秋冬で連鎖(わたり)・配列する。小歌の形態は、いわゆる和歌とは違って、音数や長さは様々で反復が多く口語自由詩にも近い。だが、自由詩と決定的に異なるのは、それぞれの作品に「本歌」が画然と存在することだ。自由詩でも影響関係やミメーシスが伏在するのは周知のことだが、「本歌」取りは、「うた」の根幹の技法であり、先人の「うた」をリスペクトする作法でもある。古歌(万葉や古今など)から主に冒頭に一句二句、作品に取り込む。本居宣長の処女作『排蘆小船(あしわけおぶね)』には「歌のおこる所」に加え古今伝授の考え方が唱えられる。ただ、「本歌」取りはルールではないはずである。
 本書では、「本歌」取りを前提とするかのように、「本歌」探しが駆動する。「本歌」だけではない。能作品の「転写」も多数確認される。つまり、小歌が典拠とするところの探求である。上下巻ともに本文だけで大凡430頁という浩瀚な本書において、『閑吟集』の小歌の一つ一つは媒介あるいは機縁であって、そこから「本歌」探しの曼陀羅が広がる。壮大なテクストの戯れ、「文学空間」の跳梁である。テクストは万葉や古今集などの勅撰和歌集に尽きない。源氏物語や枕草子に留まらず、杜甫の漢詩にも及ぶ。幾重にも仏が輪を成すように、「本歌」の「本歌」(の「本歌」…)が見極められようとし、参照事項の用例が延々と横展開する。ときに、小歌どおしで「本歌」を取り合う。
 読みの始まりは三本現存する写本の一つである宮内庁書陵部蔵本で江戸時代後期のものと推定される。そのコピーに目を凝らしながら、まず、カリグラフィーと闘う。読みに意味の通る漢字を当てて、書き下し、解読はそこからである。例えば、「無限や南無三宝」の一行歌をめぐり、「「夢」の字が、また、変わっている。扁の「夕」を、だから「扁」というのか、こちらのばあいは「旁(つくり)」かな、「眠」と書いている。なにか理詰めの字作りのようで、おもしろい。だから、もしかしたら、「夢」ではないのではないか。「ゆめ」ではないのではないかと、余計な気苦労をさせられる」と筆生(原典/根本写本を書き写した人)に文句を垂れ、異議を呈する。
 二つ、特記したい。一つは、洒脱な語り口である。まず、『閑吟集』の編者を、宗長という説もあるが、(名無しの)権兵衛と呼び、折につけて馴れ馴れしく作者のように扱う。解釈の過程で、その権兵衛を「万葉学者」と名付け、「老いの自覚、青春の死が、権兵衛をして、こなまいきな待つ宵の小侍従の小歌を重く受けとめさせる。老いたる権兵衛は、冊子や紙束の山をひっかきまわして、…」と著者を自己投影するかのようだ。次に、しばしば「分からない」「おもしろい」「読めない」と率直に言い切る。批評の諦め、、の台詞だが、著者においては探求の端緒、、であるとともに、矜持の発露である。どういうことか。「まあ、このあたりが本歌でしょうかねえ。もっとも、「八代集」のかぎりではということだが」と記されるように、「本歌」探しの恣意性、、、と確信性、、、のアマルガムが「うた」とともに言葉を躍らせる。藤井貞和が『〈うた〉起源考』で駆使した「舞文」に通じる。単なるユーモアとは異なる。「うた状態」に底流する含羞に共振するのである。
 もう一つは、著者の流儀、実証・考証によって証し立てられる正確性、、、へのこだわりである。写本のカリグラフィーとの格闘については述べた。読み取りに漢字をあてて書き下すと、「本歌」探しに向かう前に、ときに周密な文法的解析を施す。「「手折らまじ」の打ち消しの助動詞「まじ」は、もともと動詞の終止形を受けたのが、中世になると未然形を受けるようにもなった」と歴史的動態の繰り込みに怠りない。また、「うた」解読において数多の歌集・物語・日記、能・謡曲、漢詩が参照/引用されるだけではなく、その字句検証には『日本国語大辞典第二版』『日本古典文学大系』などを座右に置く著者の姿が浮かぶ。また、リアリストは「わたしがいうのは、権兵衛あるいは宗長は、永正十一年の奈良の「四座立合の祈雨祈願能」に立ち合ったかどうか」と現実的な臨場に思いを馳せる。方や、事実性に固執する分、芭蕉の句や西行の歌の理屈っぽさ、、、、、を嫌う。
 ところで、何故、中世なのか。『閑吟集』なのか。むろん、著者は『中世ヨーロッパの歴史』『人間のヨーロッパ中世』などの著作を有するヨーロッパ中世研究の泰斗である。西欧中世はローマ帝国分裂からルネサンス期までを指す。日本では鎌倉・室町の武家体制成立期を中世に当てた。符号はしないが、ともに一六世紀末に終焉する。古代と近代の「あいだ」が中世である。日本では、一揆が頻発し、下克上の大衆心情が搖動した。門外漢の書評子としては、「申したや、なう、」など多用される「なう」[nou:じゃないの!?]にフリッパントな「中世」的心性を感じる。その辺り、著者の特段のコメントはないが、「はじめに」で、「世の中がおもしろく動いた」なか、権兵衛が糺の森の能の見物衆に交っていたか、とその動線が辿られようとする。また、黒澤明のフィルムにある村人の歌「思いおもえば、闇の世や/うき世は夢よ、ただ狂え」に閑吟集を見出す。ならば、やはり「闇の世」である現在、「中世」よ来たれ、なう、、と小歌をひねりたい。
(むねちか・しんいちろう=批評家・詩)

※発行元のご了解を得て転載しています