コラム「アメリカ史の窓」

第8回 ベンジャミン・フランクリンの道徳実践

 ベンジャミン・フランクリンの『自伝』はアメリカの古典としてよく知られている。『自伝』の中では、知性に対する信頼、自分自身を進歩させたいという強い欲求、改善を目指す絶えざる意思などが一貫して主張されている。
 フランクリンが生まれたのは、石鹸と蝋燭を作る貧しい職人の家であった。実に17人の子供の10番目である。学校教育を満足に受けられず、フランクリンは自分で自分を教育するしかなかった。そして、印刷業者、科学者、音楽、政治家、そして、著述家として成功を収めた。フランクリンの特徴を一言で事業家と言えるだろう。例えば、フランクリンの呼び掛けによって、1752年に火災による損失を相互扶助する組合が作られている。今で言う火災保険のようなものだ。
 フランクリンの成功の秘訣は何か。『自伝』でも示されているように、絶えず自分を高めたいという野心である。1726年、弱冠20歳のフランクリンは次のように書いている。

「私は自分の道徳を完全にするという大胆で困難な計画を思い付いた。いかなる時も、私は間違いを犯さずに生きていたい。私を動かす本性、習慣、もしくは仲間のすべてに左右されないようにしよう」

 この野心的な目的を達成するためにフランクリンは13の徳目を実践する方法を考えた。

「1、節制。無駄に食べず、酩酊するまで呑まない。2、沈黙。つまらない会話を避けて他人や自分自身のためになることのみ言う。3、秩序。自分の物をすべてあるべき場所に置き、仕事を細かく分けて時間を決めて行う。4、決意。自分がなすべきことを行うと決心して、自分が決心したことを過たず行う。5、倹約。他人や自分自身のためになること以外にはお金を使わず、何も無駄にしない。6、勤勉。時間を無駄にしない。いつも何か有用なことをして、不必要な行動をすべて削る。7、誠実。害のあるごまかしを使わず、清廉かつ公正に考え、話す必要があれば、同じくそのように話す。8、公正。不正な行いによって誰かを傷付けることなく、自分の義務である慈善を怠らない。9、中庸。極端を避けて、怒って当然だと思っても悪口に対して怒らない。10、清潔。身体、衣服、もしくは住居が不潔になることを許さない。11、平静。つまらないことや当たり前のことや避けられないことに煩わされない。12、貞節。情欲は健康と子孫のためだけに限り、決して耽溺せず、自分や他人の平安や評判を損なわないようにする。13、謙譲。イエスとソクラテスを模倣する」

 もちろんこれだけではあまりに抽象的である。日常的にどのように実践すればよいのかわからない。そこでフランクリンは徳目を実践できたかどうかチェックする手帳を作った。
 横軸に曜日、縦軸に徳目の頭文字を振る。1日の終わりに自分の行動を振り返って実践できていなければ印を付ける。できるだけ印が付く数を減らして最終的に真っ白になれば道徳が完全となった証となる。
 さらに手帳には工夫が施されている。1枚で1週間を埋めることになるが、各週にそれぞれ強化すべき徳目を割り振ってある。つまり、今週は「公正」の強化週間といった具合である。13週で一巡するが、またそれを繰り返す。
 実際にフランクリンが手帳を付け始めた時、自分が思っていたよりも印を多く付けなければならないことを思い知らされた。しかし、努力すれば印は減るはずだとフランクリンは考えた。はたしてフランクリンは手帳を真っ白にすることができたのか。残念ながら答えは否である。それでもフランクリンは楽観的であり次のように記している。

「私は完璧に至ることはなく、完璧に程遠いが、そうなろうと絶えず努力してきた。もし私が努力しようとしなければこのように向上して幸福になることはなかっただろう」